2018年1月9日に放送された「マツコの知らない世界新春2時間SP」を見ました。

今回は、「YOSHIKIの世界」、「デリバリーグルメの世界」と「御三家和菓子の世界」の3本立てでした。

その中から、「YOSHIKIの世界」について、まとめてみました。

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「デリバリーグルメの世界」と「御三家和菓子の世界」は、こちらをご覧下さい。

マツコの知らない世界新春2時間SP「デリバリーグルメの世界」のネタバレと感想とまとめ。

マツコの知らない世界新春2時間SP「御三家和菓子の世界」のネタバレと感想とまとめ。

出演者・オープニング

出演者は、マツコ・デラックスさん。自称!YOSHIKI以上にYOSHIKIを知る女性、さかいさん。そして、ご本人登場のX JAPAN・YOSHIKIさんです。

YOSHIKIさんの、イメージを聞かれたマツコさんは、「なかなか稀有な人」と表現しました。

90年代、ロック界の頂点に上り詰め、今尚トップを走り続ける、ビジュアル系バンド、X JAPANのリーダー・YOSHIKI。ロックとクラシックの、世界3大聖地で、公演を成功させた、日本で唯一のアーティストです。

さらに、昨年末の紅白歌合戦でも、圧倒的なパフォーマンスを披露し、日本を熱くさせました。

そんなYOSHIKIさんを、誰よりも知っていると豪語する、今回の案内人は、YOSHIKIさんのために人生を捧げる、さかいさん。

そして、YOSHIKIさんとマツコさんが、初共演します。今回限りの、熱いステージを、お見逃しなく!

案内人を呼び込むと、YOSHIKIさんが創造する、着物ブランド「YOSHIKIMONO」を着て登場した、さかいさん。気合い入っています。

さかいさんの、異常すぎる愛情として、

1. テレビ・雑誌・イベントなど全てを網羅

「行ったことがないものは?」と聞いても、考え込んでしまうほど、全てを網羅しているのようで、「YOSHIKIは神様」と讃えていました。

さかいさんいわく、オーラがあって、身体が発光しているのだそう。

さらに、

2. YOSHIKIさんのために、OLを辞めて経営者に!

時間を作る為に、自ら会社を設立。1から自分で勉強して、web関係の会社を立ち上げました。

3. YOSHIKIさんを世界中追いかける

パソコン1つあれば、世界中どこででも仕事は出来ると、YOSHIKIさんをどこまでも、追いかけているそうです。

4. 合計2000万円以上使用

YOSHIKIさんのために、今まで2000万円以上も、使っているというから、その情熱に驚きました。

ちなみに独身だそうです。なかなか結婚は、難しそうですね。

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お宝写真が続々!知られざるYOSHIKIの過去

まずは、YOSHIKIさんのプロフィールを、紹介していきます。

と、ここでいよいよ、X JAPANリーダーのYOSHIKIさんが登場!さかいさん大興奮です。

東京ドームを18回ソールドアウトさせた男、YOSHIKIさん。本名は、林佳樹さんです。

千葉県館山市出身で、マツコさんと同郷なのですね。

YOSHIKIさんのこだわりで、基本的な情報は「X(エックス)」なのですが、X JAPANのボーカルToshiさんと、幼馴染・同級生で、Toshiさんは公表しているので、なんとなくは知られていたそうです。

YOSHIKIさんは、老舗呉服屋の長男として誕生し、4歳でピアノを習い始めました。

5歳の時、幼稚園で利三(のちのToshiさん)と出会います。

小学6年生で、バンドを結成し、当初はYOSHIKIさんがボーカル。Toshiさんはギターだったと言います。

マツコさんに、なぜロックというジャンルを、やるようになったのかと聞かれると、小学5年生の時に、父親が他界し、行き場のない感情に悩んでいました。そんな時に、ロックバンド「KISS」を見て、ロックスターになると、決意したそうです。その頃、ドラムを買ってもらったのだとか。

中学時代には、教師にバリカンで丸坊主にされ、グレる不良でしたが、学力は400人中10位以内でした。「勉強だけはちゃんとしなさい」という、母親との約束を守るため、不良と遊んでいる時も、勉強はしていたという、YOSHIKIさん。

そして、高校時代に「X」を結成。音大受験を辞め、「X」で生きて行くと決意しました。

ところどころで出る、学生時代のYOSHIKIさんの写真は、不良なのに可愛らしいお顔立ちでした。

YOSHIKIの異常なこだわりと仰天裏話

YOSHIKIさんが、日本音楽界にもたらした偉業として、紹介されたのが、

1. ビジュアル系というジャンルを確立

1989年にメジャーデビューし、「X現象」と呼ばれる、社会現象を巻き起こしました。

「ロック=硬派」の概念を壊したい、自由に音楽をやりたいという気持ちで、続けていたと、当時を振り返ります。

GLAYをプロデュースし、メジャーデビューさせていたのは、知りませんでした。

2. ロックとクラシックを融合

クラシックの方も、本格的にやられている、YOSHIKIさん。

天皇陛下ご即位10年をお祝いする国民祭典では、奉祝曲を作曲し、ピアノを演奏しました。

また、2005年の愛知万博では、テーマソングを作曲し、指揮を披露しました。

当時は、X JAPANを解散していた時期で、メンバーにも色々なことがあった時期なので、音楽を辞めてしまおうかと思っていたそうですが、これが音楽と自分を繋ぎとめてくれて、運命を感じたと、語っています。

YOSHIKIさんがデビューした時、最も重要だと思っていたことは、音楽を伝えるためには、手段を選ばないことです。

マツコさんは、2016年の紅白歌合戦にゲスト出演した際、「全出演者の中で、誰よりも紅白歌合戦に、敬意を払ってステージに立っていた」と話しました。

X JAPANの歌によって、侵略してきたゴジラを倒す演出は、記憶に新しいですよね。

そんなYOSHIKIさんが、有名になるために、最もこだわったのが、

  1. 1分間に800回以上も叩く”高速ドラム”
  2. 「蹴る」「殴る」「壊す」パフォーマンス

何か1つ大きな特徴があった方がいいと思い、やっていたそうですが、途中から「これ音楽と関係ないんじゃないか」と、疑問を持つようになったと言います。

今まで100個もの、ドラムセットを壊してきたYOSHIKIさん。このご時世、炎上を気にしていましたが、ドラムのメーカーの方から、「壊してくれ」と頼まれるのだと明かしました。

続いて、さかいさんが、YOSHIKIさんについて、ファンが心配していることを聞きます。

それは、ストイックすぎますが、大丈夫ですか?ということです。

2017年5月に、過酷なドラムパフォーマンスのせいで、首を痛めて、2回目の手術を行いました。

ドクターストップが、かかっている状態ではあるものの、「これからも叩き続けるだろう」「倒れるまでやろう」という覚悟を持っていると、話しました。

過密スケジュールも、話題になっていて、Instagramで紹介した、イタリアでのスケジュールは、まさに分刻みです。「2日に分けると、その分経費も2倍かかる」と、裏事情まで話してくれました。

さらに、フランスで世界の有名人やセレブが、天気を解説する人気番組「Quotidien」に出演するなど、なんでもやりますね。

次に、90年代を席巻した2大アーティストについて、語られました。

CDが売れる時代に、こだわりが強すぎて、CDが出せなかったそう。小室哲哉さんが、150枚以上リリースしていたのに対し、YOSHIKIさんは、わずか28枚でした。

これについて、YOSHIKIさんは、100年先も聴いてもらうため、納得するまで出さないと、決めていたそうです。

最後に、「小室さんは、小室さんで凄い」とフォローしていた、YOSHIKIさんが、印象的でした。

マツコだけに語ったToshiとHIDEの真相

YOSHIKIさんを襲った悲劇として、まずは、幼馴染のToshiさんの脱退について、聞きました。

YOSHIKIさんにとって、Toshiさんは、幼馴染や友達を超えて、家族のような存在だったので、父親を失った時くらいの、インパクトがあったそうです。

1997年4月、X JAPANに衝撃が走りました。ボーカルのToshiさんが、音楽性の違いと、洗脳騒動により、脱退を表明。

そして、9月には、YOSHIKIさんが正式に、X JAPANの解散を発表しました。

その時のことについて、YOSHIKIさんは、「一生会わないんだな」「Xというドアを完全に閉めてしまった」と振り返ります。

同じ年の12月。X JAPANの解散ライブで起きた、伝説の瞬間は、今でも語り継がれています。

Toshiさんの脱退表明後、二人の間には確執が生まれ、一言も言葉を交わすことは、ありませんでした。そんな中行われたラストライブでも、二人の溝は埋まらないまま、ステージは続いていきます。

しかし、ライブ最後の「Forever Love」をToshiさんが歌い始めたその時、ファンに語り継がれる伝説が、生まれました。

演奏を中断して、ゆっくりYOSHIKIさんが向かったのは、Toshiさんの元でした。二人はお互いに、強く抱き締め合ったのです。

それでも、その後再結成までの10年間、言葉を交わすことはありませんでした。

VTRを振り返り、YOSHIKIさんは、ライブ中どちらかと言うと、Toshiさんに対して「怒りの方が強かった」「ぶん殴ってやろうかと思っていた」と話しました。

再結成は、Toshiさんの方からで、二人でまた一緒に活動するようになり、Toshiさんも段々洗脳から解き放たれたと言います。

そんな、YOSHIKIさんとToshiさんを、繋いでいたものは、大親友HIDEさんに作った曲「Without You」です。

解散からわずか数ヶ月後の、1998年5月、X JAPANに再び悲劇が。

メンバーであり、YOSHIKIさんの大親友・HIDEさんが、突然この世を去ったのです。この訃報に、ファンのみならず、日本中が大きな悲しみに包まれました。

X JAPANのリーダーとして、葬儀では気丈に振舞っていた、YOSHIKIさんですが、実はこの時、HIDEさんの死を受け入れることができず、絶望し、自らの引退まで考えていたそうです。

当時、ファンの間で、後追い自殺が度々起きてしまい、何度も記者会見を開いて、ファンに呼びかけを続けました。

1ヶ月ほど経ち、事態が落ち着いた時、一人になったYOSHIKIさんは、完全に壊れてしまい、どうしていいか分からなくなってしまいました。

その時1曲だけ、X JAPANのために曲を書いてみようと、「Without You」を作りました。二度と会うことはできない、天国のHIDEさんに向け、悲痛な想いを込めた曲です。

X JAPANは、この「Without You」を、音楽の殿堂「ウェンブリー・アリーナ」で演奏。実はこの場所は、HIDEさんが「いつかあそこで演奏したい」と、語っていたステージなのだそうです。

そして、HIDEさんのために作ったこの曲は、1度は別の道を歩んだ、YOSHIKIさんとToshiさんの絆を、再び繋いだ曲でもありました。

HIDEさんについて、YOSHIKIさんは、「気持ちの中ではまだ一緒にやっている」と話し、2011年に亡くなった、TAIJIさんも合わせて、「気持ちの中では7人のX」だと語りました。

しかし、発売が決定している、NEWアルバムの発売日は、未定のままだそう。待ち遠しいですね!

【YOSHIKIのもう1つの顔 プロデューサー】

YOSHIKIさんは、音楽以外にも、ワインやクレジットカード。着物や香水、キティちゃんまで様々です。

オリジナルクレジットカードは、3種類もあり、もちろんさかいさんは、コンプリートしています。

また、このカードは、10000ポイント(約1000万円)貯めると、YOSHIKIさんに会えるという、特典があります。

さかいさんは、2回貯めており、YOSHIKIさんのスケジュール待ちの状態だそうです。さすが、YOSHIKIさんに2000万円使っているだけあります!

そして、今回特別に、YOSHIKIさんが、ピアノの生演奏を、マツコさんにプレゼントしてくれる事に。さかいさんラッキー!曲は「Forever Love」です。滑らかで繊細な演奏と、力強さが、とても感動的でした。

YOSHIKIの世界を終えて、さかいさんは、「本当に生きていて良かった」と話し、映画「We are X」の告知もバッチリ。マツコさんも、「今日早速Amazonで買います!」と宣言して、終了しました。

最後に

あまり良く知らなかった私でも、その伝説的なエピソードに、感動しました。発売が待たれるアルバムも、楽しみですね!

今回は、「YOSHIKIの世界」、「デリバリーグルメの世界」と「御三家和菓子の世界」の3本立てでした。

「デリバリーグルメの世界」と「御三家和菓子の世界」は、こちらをご覧下さい。

マツコの知らない世界新春2時間SP「デリバリーグルメの世界」のネタバレと感想とまとめ。

マツコの知らない世界新春2時間SP「御三家和菓子の世界」のネタバレと感想とまとめ。