第37回「最後の晩餐」では、日本は日中戦争に突入。

東京オリンピックの準備は進まず、副島(塚本晋也さん)は撤退を求め、政治(阿部サダヲさん)も返上を要求しますが、嘉納(役所広司さん)は断固として受け入れません。

カイロで行われたIOC総会に出席した嘉納は、戦争で日本が孤立しているにも関わらず、その人望で東京オリンピックを改めて承認させます。

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しかし帰国の船旅で病に倒れ、そのまま帰らぬ人となってしまいました。

前回の第37回「最後の晩餐」を見逃した方は、是非こちらをどうぞ。

いだてん~東京オリムピック噺~ 第37回「最後の晩餐」のあらすじとネタバレと感想。

それでは、第38回「長いお別れ」のあらすじと感想です。

オリンピック返上

昭和36年12月、読売巨人軍の祝勝会で落語を披露する予定だった志ん生(ビートたけしさん)が、脳出血で倒れました。一命は取り留めたものの意識は戻らず、言葉が喋れなくなる可能性があると言われます。

昭和13年、日本スポーツ界は嘉納治五郎という大黒柱を失いました。政治は、嘉納を看取った平沢(星野源さん)から、スタートボタンの押されたストップウォッチを形見として受け取ります。嘉納の棺を見送りながら、四三(中村勘九郎さん)は「オリンピックはやる、必ず」とつぶやきました。

嘉納を偲ぶ会が永井(杉本哲太さん)、可児(古舘寛治さん)、野口(永山絢斗さん)の3人で開かれ、政治も呼ばれました。それぞれ年齢を重ねましたが、元気そうです。可児は「見たかね、野口くん。校長の死に顔」、野口「ただのおじいちゃんでした」、可児「あんなに手のかかるおじいちゃんが…」、永井「死んだらただのいい人になってしまう、それが悔しい」と、嘉納の死を悼みます。政治も「ずるいよまったく、さっさと死にやがって。やりゃいいんでしょ!嘉納治五郎が如何に偉大で面倒くさかったか、証明してやりますよ!」と大声をあげました。

東京オリンピック開催まであと2年。イギリスとフランスは正式にボイコットを表明しあます。副島は「返上しよう、田畑くん」と言いますが、政治は「いいのかな~、嘉納さんはやってほしんじゃないのかな?」と引き止めます。副島が「嘉納さんはいません!」ときっぱりと言いますが、政治は「いるんだよ、ここに!」と、カチカチと音を鳴らすストップウォッチを突き出します。

「副島さん、総理大臣に頼むなら、戦争の方じゃないの。戦争を止めてくれって電話してくださいよ!」と言いますが、「今の政府には無理だろうね」と答えて「それは君が持っていたまえ。機が熟せば、いつかやれるさ…東京オリンピック」と寂しそうに言いました。副島は売国奴、非国民と罵られることを覚悟ながら、政府に中止を働きかけます。7月14日、政府は東京オリンピックの中止を決定しました。

動き続けるストップウォッチ

その日も、四三と小松(仲野太賀さん)は走っていました。東京オリンピックの中止を知った小松は呆然としますが「返上なら、オリンピックはやりますよね」と気を取り直し、「そぎゃんこつならオレはヘルシンキに出るばい、それだけの話したい!」と言って、また走り始めます。

東京オリンピックは中止となりましたが、政治は嘉納の形見のストップウォッチを止めることができず、そのまま引き出しにしまいます。場面は変わって昭和36年12月、IOC常任委員の岩田幸彰(松坂桃李さん)が引き出しを開けると、そこには動き続けるストップウォッチがありました。政治はネジを回し続け、23年経ったこの時も、ストップウォッチを動かし続けていたのです。

志ん生は意識不明の重体と言われていましたが、実はもう意識が戻っていて「体の半分が動かねえし、ろれつも回らねえし、酒くらい飲まなきゃ…」と愚痴ります。五りん(神木隆之介さん)は「飲んだら高座に上がれなくなりますよ、二度と」と釘をさしました。

播磨屋は戦後ハリマヤスポーツと名前を変えます。五りんは辛作(三宅弘城さん)から、父の足跡を聞きました。

小松とりくの結婚

1939年、昭和14年に第二次世界大戦が勃発。ヘルシンキも中止になると予想されます。四三は小松に熊本に帰るよう勧め、もはやこの国でスポーツをやっている者はいないと嘆きました。その様子を見て、辛作は「辛気くせえな!」「戦争だろうがなんだろうが、アンタはバカみてえに笑ってなきゃだめなんだよ!」と怒鳴ります。

スヤ(綾瀬はるかさん)は「勝さんが東京に残りたいわけは、何もオリンピックだけじゃなかたい。ねえ、りくちゃん」と、りく(杉咲花さん)に振ります。りくは「私、私は…ごめんなさい」とミシンに集中。小松は「すいまっせん!ちょっと走ってきます!」と出ていってしまい、りくはミシンを止めて小松を自転車で追いかけました。2人が野原を走る様子は、まるで若かりし頃の四三とスヤのようです。小松は「りくちゃん、オレと一緒になってくれんね~!」とプロポーズします。

そして小松とりくは、祝言を挙げました。りくの父・増野(柄本佑さん)は鬼瓦のような怖い顔で小松をにらみます。四三は「もう、増野さん。小松くんなら心配なか。ちゃんとりくちゃんば、大切にするばい」と増野に言い、小松も「はい、約束します」と言います。そして翌年、のちの五りんこと、金治が生まれました。同じ年、孝蔵は志ん生を襲名します。

1941年、昭和16年。志ん生が高座を除くと、やけに艶っぽい太夫で「紺屋高尾」を演じる男(中村七之助さん)がいました。山崎松尾という落語家で、のちの三遊亭圓生です。万朝(柄本時生さん)が「いいのかね、このご時世に廓噺なんて」と言っていると、政府からのお達しで、不謹慎とされる廓、花柳もの、妾、間男ものなどは、禁止となります。

学徒出陣

昭和16年12月8日、真珠湾攻撃により太平洋戦争が勃発。大本営発表では連戦連勝と報道されますが、戦況が正確に伝わることはありませんでした。

兵力不足により、20歳以上の文系大学生も徴兵対象となり、小松も学徒出陣します。播磨屋では辛作と四三一家、小松とりく、金治の皆で夕食をとりました。そこに増野が現れ、小松を蹴り倒して「約束破ったな!」と襟首を締め上げます。子どもたちの声で我に返ると、「勝くん、立派に戦ってくるんだぞ、お国のために」と励ましました。小松は金治を抱きしめ、涙ぐみながら「金栗先生、こん子は体の弱かってん、どうか3つになったら冷水浴ばさせてあげてください」と頼みました。皆、泣きながら「ばんざ~い!ばんざ~い!」と叫びます。

昭和18年10月12日。明治神宮競技場で出陣学徒壮行会が開かれました。オリンピックのための競技場から、皮肉にも学生たちが戦地へと出陣していきます。トラックには3万の学徒が銃剣を持って行進し、スタジアムに並ぶ5万の人々が万歳、万歳と叫びました。

次回は、第39回「懐かしの満州」です。

いだてん~東京オリムピック噺~ 第39回「懐かしの満州」のあらすじとネタバレと感想。

五りんの父・小松が満州から送った手紙「志ん生の富久は絶品」という言葉には、どんな思い出が隠されているのでしょうか?

「日本に帰りたか!りくに会いたか!」と叫ぶ小松。孝蔵と小松、五りんの運命が満州で交錯します。

ついでに、あの美川(勝地涼さん)もまたまた登場?

次回も楽しみな展開になりそうです。



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